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明るい歓声に湧く学校があり、生徒たちがいて、希望に満ちた日々があった。私たちはそれを忘れてはいけない。

[ 宮城一春(編集者・ライター) / 2015.06 ]

2011年06月発行
ひめゆり平和祈念資料館 文
三田圭介 絵
(公財)沖縄県女師・一高女ひめゆり平和祈念財団 刊
A4判ハードカバー/ 40ページ
2,000円(税抜)
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絵本 ひめゆり

ひめゆり平和祈念資料館 文/三田圭介 絵

   

就業時間が終わり、誰もいない事務所で一人、本を読んでいた。そのとき、シャッターを下ろした事務所を隔てた向こう側から、リコーダーの音色が響いてきた。「夕空晴れて」だった。うろ覚えだが、ひめゆり学徒隊を描いた映画で歌われていたように思う。故郷の父母を思う気持ちにあふれる哀愁感漂う歌だ。慰霊の日が近づいてきているので、学校で習ったのかななどと、つらつら思いながら本に目を落とした。

そのとき読んでいたのが、沖縄戦を描いた『絵本 ひめゆり』。今では沖縄戦の悲劇を代表する学徒隊として、名を知られたひめゆり学園。しかし、どのような学園であったのかを知る人は少ないのではないだろうか。防空頭巾をかぶり、学徒として陸軍病院壕で献身的に働く姿を思いうかべる人は多いだろう。しかし、彼女たちは、まだ十代の若い女学生であったのだ。それを忘れてはいけない。

「『ひめゆり学園』は、13さいから 19さいの 女の子が かよう 学校でした。」

本書の冒頭に出てくる文言だ。今でいう中学生・高校生・大学生の女の子たちだったのだ。青春真っ盛りの時期ではないか。勉強に励み、将来の夢を語り合い、恋をする普通の、どこにでもいる学生たちであったにちがいない。時代は違うとはいえ、今の女子学生と変わらない姿がそこにはあっただろう。

この絵本では、青春を謳歌し、学園生活を満喫し、勉学に励む生徒たちの姿が、優しく柔らかい筆致で描かれている。そこから、次第に時代の波にもまれ、戦争に巻き込まれていく様子が描かれていく。悲惨さを増していく戦況とともに、柔らかかった色調も暗いものとなる。生徒たちの置かれた状況を表現すると同時に、引き返すことのできない戦場下における心境を表現しているように思える。
あんなに明るく元気だった生徒たちから笑顔が消え、涙が枯れ、抜け殻のようになっていく姿が淡々と描かれる本書。そこには論評などできない、絵の力と学徒たちの経験がしか伝えることのできない文章の力がある。     

物語の最終章に出てくるセピア調に描かれた記念写真と、校門前に広がる相思樹並木のパステル調の絵。色調が哀しい。 明るい歓声に湧く学校があり、生徒たちがいて、希望に満ちた日々があった。言い古された言葉だが、私たちは、それを忘れてはいけない。

本書をつくりあげたひめゆり学徒たちの思いは何だったのだろうか。本書を読んで、それぞれに思いを深めてほしい。とにかく読まなければ始まらない絵本だと思う。

気づくと、いつの間にかリコーダーの音はなく、静寂に満ちた事務所に一人座る、私がいた。

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